2014年07月14日

地元の有名人(悪い意味で)

世間を騒がせている「号泣県議」(野々村県会議員)は、わが兵庫県で今一番有名な人物だろう。世界からも笑いものだ。恥ずかしい限り。
「笑える」記者会見ではあったが、笑って終わってはいけない。辞職したからといって、うやむやにするわけにはいかない。
元は税金だ。しかも、庶民には何かと言えば「財政が厳しい」という決まり文句で、しわ寄せ(会館使用料の値上げ・福祉や教育予算の削減・ボランティア活動への補助金削減などなど)。それなのに、ああ、それなのに・・・。

まず、有権者がこの事件から教訓を導き出さなければ・・・。
こんな人物に投票して議員にした責任があるのだ。議員になった後の言動を厳しくチェックする責任が。県議であれ、市町村議であれ、国会議員であれ、議員は私たちの代理に過ぎない。代理人に仕事をさせるのは、主権者の責任なのだから。

次に、たった1人のけしからぬ事例に終わらせては、何の意味もない。東京都議会議員の毎月60万円という途方もない政務調査費をはじめ、全国的に洗い直すべき。同時に、批判が出ても一向に止めない視察(研修)という名の海外&国内旅行の全廃(当然だろう、議員なら自費で研修すべき。それが嫌なら、議員に等ならねばよい)、毎年300億円以上のつかみ金=政党助成金の廃止、秘書給与の国費負担の廃止などなど、この際踏み込まねば・・・。

この事件で怖れるのは、国民が監視するのではなく、権力が議員個人・議員活動を監視する口実にされること。秘密保護法を強行し、閣議決定で憲法を乗り越える今の内閣なら、こういうことも平気でやるだろう。こっちも「監視」していかないと・・・。

野々村県議の事件に関して、「政治(選挙)には、お金がかかる」「政務調査費がないと、金持ちしか議員になれない」と、テレビで述べていた「有識者」がいた。
あきれたものだ。「有識者」というのは、根拠のない・適当な・酔っ払いからも聞けるような程度のことを、さも重要なことのように言い切れる厚顔無恥な人のことなのだろう。
日本の公職選挙法は、あれもするな・これもするなという、独裁国家並みの「べからず法」。使いどころがなかなかない。どこで・どのように・お金がかかるのだ? 実例を挙げてみてほしい。もしかして、買収の資金が要るのかぁ?
供託金のことを言っているなら、話は分かる。県議立候補に60万円で、法定得票に届かないと没収される。衆議院選挙区に立候補すると300万円、衆参の比例名簿に載ると600万円。没収されるかもしれないこの金額を、右から左に出せる「庶民」が、どれくらいいますか?

まじめな一市民が議員になれるような仕組みを、「有識者」らしく解説するのが、あなたの役割では? それとも、そんなことを考える知恵もない人こそが「有識者」なのだろうか? あなた方が「絶対安全」と言い切っていた原発も爆発したしね。
posted by isseisha at 18:41| 日記